鳥取で考えたこと その2

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保育の大会に出席して違和感を感じることを書きだしたらきりがないくらいですが、その中でも、一番苦手なのは、懇親会などに「歌のお兄さん・お姉さん」たちが出てくること。

大人の懇親会に、どうして、こういう人たちが出てくるんだろう・・・そして、どうして、私たちまで一緒に手遊びやら、お歌をうたわされて、そして、どうしてみんなこんなに楽しそうなんだろう・・・。この辺りで、どっと疲れが出る(でも、これも勉強!と割り切って、一緒に楽しむ^^;)。

隣に座っていた、保育畑出身ではない男性に「どうですか、こういう世界」とたずねたら「でも、こういう、ロンパールームのお兄さんとお姉さんのような保育者の元で子どもが育っても、問題なく育つと思うんですよねー」という無難な返事が帰ってきた。

ロンパールーム!!なんて懐かしい、そして、もしかして、あれが出発点だったのかも??

ロンパールームの時代、大人は、大人としての世界を持って生きていたと思う。でも、今は、保育園で働いている大人が乳幼児化している。多くの場合、子どもよりも手遊びやお歌を楽しんでいるのは保育士で、ある園で、それはほどほどでいいかもね、と言ったら「それでは"私が"楽しくない!。保育が楽しくない!」という返事が帰ってきた。

 "自分が楽しむ" が判断基準とは・・・?? そんなことをどうどうと言えてしまう職業って、他に・・・ある??

歌手は、お客を楽しませない次から聞きに来てもらえなくなる。作品を作っている人だって、ものを売っている人だってそうだ。よほどのお金持ちが道楽で仕事をしているのであればともかく、普通、仕事は相手があってのもので、その相手が子どもとなればなおさらだ。

そして、先の男性の「問題なく育っていく」はたぶん、違う。何が子どもや家族、社会にとって大切で必要なのかという優先順位が分からなくなってきている大人がこれだけ育っているのは、やはり、今までの保育や子どもを取り巻いていた環境の結果なのではないだろうか。

保育園に携わる、お偉い役員の方たちは、ああいう歌のお兄さん、お姉さんや、その歌に合わせて嬉々としている保育関係者を見て、どう思っているんだろう(子どもが嬉々として楽しむのは、まだ、あり得る範囲だと思うけれど)。もしかして、本気で「日本の未来は明るいなー」と思っていたりして!?