それでも食べないとダメなの?

「今、夕食を食べながら君のことを思いだしたんだよ」(前もって書いておきます。決して、ロマンチックな内容ではありません!)

遠征先から夫が電話をかけてきた 「だって、夕食にキャベツが出てきたんだよ!そして、なんと、僕はそれを全部食べた!!」

何でキャベツが出てくると、私を思いだすのか。

何で、いい年をした大人が、わざわざそんなことを報告してくるのか。

葉物が苦手な夫にとって、ほうれん草もレタスも白菜も、葉物は全部"キャベツ"だ。そのキャベツが、煮込みであろうとも、サラダであろうとも、調理法には意味がないらしく「キャベツの料理」で表現される。そのキャベツを自ら食べるなんて・・・自分でも驚いてしまったのだろうか??

そういう父親と体質が似たらしい長男、味覚が似ているらしい二男、積み重ねで「キャベツ=どうもあまり美味しいもののではないらしい」とインプットされてしまった三男...つまり、キャベツはわが家では決して歓迎されていない。

野菜をふんだんに使い、日本人が見たらとっても美味しそうで、いかにも健康そうな給食の写真を、夫と同じく野菜嫌いの二男に見せたら真面目な顔で「子どもたち可哀想だねー」と言っていた(笑)

二男は保育園が大好きで、朝ごはんの蜂蜜パンを何よりも楽しみに登園していた(ハンガリーの乳幼児保育園では朝ごはんがでます。簡単なサンドイッチと飲みもの。)。でも、もし、一緒に置かれているラデッュやポロネギ、パプリカ、トマトを前に「絶対に、一つは食べないとダメよ!!それを食べたら蜂蜜パンをあげます」と保育士が毎日言い続けたら、ただでさえ頑固な二男は、きっと頑固な野菜嫌いになっていたと思う。

でも、そんなことを言われなかったおかげで、机に並んでいる野菜にも気が向けば手を伸ばし、あまり好きではないけれど、必要であれば野菜もちゃんと食べる程度には成長している。

日本の保育園で、「子どもたちには、嫌いなものでも一口は絶対に食べてほしいです!一口食べれば、それでいいんです」という保育士と出会ってしまうと、「本当は、言うことをきかせたいだけなのでしょう?」と確認したくなる。

目に涙をためながら、恨めしそうにお皿の中の食べ物を見ている子どもは、意を決して食べ物を口に入れ「すごい!!」と大人にほめられる時、何を感じているのだろう。

食事には、家庭背景、体質、味覚の好み、その場の雰囲気、すべてが関わってくる。そして、作った人が目の前にいることも多い。

好き嫌いがあっても「みんなと一緒に食卓を囲むのって楽しいし、幸せなこと!」と思えたら、人生の中での楽しい時間は何倍にもなるはずだ。

ちなみに、ハンガリーではっぱの柔らかいキャベツが出回るのは春のほんの一瞬。それ以降は、がちがちの煮込みようキャベツになってしまう。だから、私は日本から帰ってくる時にキャベツを一個買ってくる。

「おかーさんの中の優先順位って、いったいどうなっているの?」とか「もっとまともなものいろいろあるでしょ?」とどれだけ言われようと、私にとって葉っぱの柔らかいキャベツは、持って帰りたいものの中でも優先順位が高く、至ってまともな食材なのです。